宝禄稲荷神社(新宿区原町三丁目)
猛烈な暑さの夏が嘘のように、彼岸を過ぎてすっかり秋の気配が深まってきました。早くも年末ジャンボ宝くじの広告がそこここで目に付くようになりましたが、宝くじを買っていつも外れてばかりの方も多いのではないでしょうか。そのような方に力強い味方、原町三丁目の宝禄稲荷神社に参られてはいかがでしょう。
大久保通りの若松町交差点から80mほど東、小さなお社が通りに南面して建っています。宝禄稲荷神社は、江戸幕府の祈願所で城北の総鎮護でもあった早稲田の穴八幡宮の末社。社伝によると、江戸時代、富くじでひと財産当てようともくろんでいた男、富くじを買い続けるも一向に当たる気配がありません。あるとき奥さんに黙ってなけなしの生活費を持ち出して富くじを買ったのですが、みごとに外れ。それを持って帰るわけにも行かず、牛込の山道の祠に外れくじを供え、もう富くじを買うことはやめて、奥さんを楽にさせてやりたいと願いました。ところが、その後また小銭ができたので性懲りもなく富くじを買うと、なんとそれが一番くじ。それからやることなすことうまくいき、裕福になったということです。そこでお礼に立派なお社を建立したのが今に残る宝禄稲荷だそうです。
宝禄稲荷は小さなお社と鳥居、御狐様だけの、ふだんは誰もいない神社ですが、町内には保存会があっていつもきれいに掃き清められています。社の扉のそばには外れくじを納めるための箱も用意され、いつも何がしかの外れくじらしきものが入っています。時おりは、宝くじなどに当たった人のお礼参りでしょうか、お酒などが奉納されています。面白いことに全国からも保存会宛に「外れくじ」が送られてきているらしく、毎年5月22日には「外れくじ供養(宝禄祭)」が行われ、その折には穴八幡宮からご神職がみえて、なかなか盛大に御祭が行われます。元旦、宝禄祭、九月の例祭には『宝禄稲荷勝運札』と『宝禄稲荷神社廣前祈祷之符』の頒布も続けられているそうです。また、宝くじではありませんが、選挙に立候補した候補者が当選を願掛けに来ることでも知られています。
お社の屋根には一対の瓦でできた狐が乗っていて、向かって左の狐の耳はウサギのような形をしています。昔、台風で耳が壊れたのを誰も治す人がいなかったので、当時の町会長が炭を削ってつけたのだそうで、この辺りでは「バニー狐」と呼ばれてちょっとした人気者になっています。
当社周辺は新宿区とはいえ、戦災のあと木造住宅が立て込んでしまったため、車の通れないような路地が網の目のように残っていて、その路地のところどころに小さなお社が祭られています。宝禄稲荷のほかにも、防火の霊験あらたかとされる火伏せ稲荷(八兵衛稲荷(若松町))、昔は角力も奉納されていたという出世稲荷(余丁町)など、お社が丁寧に保存されていて、昔の東京の町の名残を、かすかに感じることができます。
この原町散歩では、当社周辺で「ちょっと気になるスポット」をご紹介してきました。会社の行き帰り、毎日通う者でさえあまり気のつかない「名所」が多いので始めたものです。掲載をはじめて2年半、ちょうど10回目となりました。まだまだご紹介したいところは残っていますが、とりあえず今回でこのシリーズを終わりにしたいと思います。ありがとうございました。
(原町散歩は、原稿と写真を山本修、レイアウトを櫛木千尋が担当しました。)