前回の春のコラムの後編が遅れており、申し訳ありません。執筆者によれば、一週間後に考察編を書こうと思っていたところ、その間に語彙が爆発的に増えて状況が変ってしまったとのこと。親の執筆を追い抜く幼児の学習力に免じてお許し下さい。その後の成長の様子も含め、何らかの考察がまとまれば更新します。
さて今回は、また時代を遡って和歌の語彙です。そもそものきっかけは、形態素解析辞書UniDicの品詞体系で文語が充実しているため、古文を入力して遊んでみたところから始まります。探してみたら、ちゃんと「中古和文UniDic」が用意されていました。
まず百人一首の1番。「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ」
書字形 | 発音形 | 品詞 | 活用型 | 活用形 |
秋 | アキ | 名詞-普通名詞-副詞可能 | ||
の | ノ | 助詞-格助詞 | ||
田 | タ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
の | ノ | 助詞-格助詞 | ||
かりほ | カリホ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
の | ノ | 助詞-格助詞 | ||
庵 | イオリ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
の | ノ | 助詞-格助詞 | ||
苫 | トマ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
を | オ | 助詞-格助詞 | ||
あら | アラ | 形容詞-一般 | 文語形容詞-ク | 語幹-一般 |
み | ミ | 接尾辞-名詞的-一般 | ||
空白 | ||||
わ | ワ | 代名詞 | ||
が | ガ | 助詞-格助詞 | ||
衣手 | コロモデ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
は | ワ | 助詞-係助詞 | ||
露 | ツユ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
に | ニ | 助詞-格助詞 | ||
ぬれ | ヌレ | 動詞-一般 | 文語下二段-ラ行 | 連用形-一般 |
つつ | ツツ | 助詞-接続助詞 |
「庵」の読みは字余りになってしまいますが、そこを要求するのは酷というもの。古文独特の「~を…み」(=「~が…なので」)の箇所で崩れないのはさすがです。現代語用の辞書では、感動詞になってしまいました。
次は小野小町。「花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに」
書字形 | 発音形 | 品詞 | 活用型 | 活用形 |
花 | ハナ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
の | ノ | 助詞-格助詞 | ||
色 | イロ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
は | ワ | 助詞-係助詞 | ||
移り | ウツリ | 動詞-一般 | 文語四段-ラ行 | 連用形-一般 |
に | ニ | 助動詞 | 文語助動詞-ヌ | 連用形-一般 |
けり | ケリ | 助動詞 | 文語助動詞-ケリ | 終止形-一般 |
な | ナ | 助詞-終助詞 | ||
いたづら | イタズラ | 形状詞-一般 | ||
に | ニ | 助動詞 | 文語助動詞-ナリ-断定 | 連用形-ニ |
空白 | ||||
わ | ワ | 代名詞 | ||
が | ガ | 助詞-格助詞 | ||
身 | ミ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
世 | ヨ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
に | ニ | 助詞-格助詞 | ||
ふる | フル | 動詞-一般 | 文語四段-ラ行 | 連体形-一般 |
ながめ | ナガメ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
せ | セ | 動詞-非自立可能 | 文語サ行変格 | 未然形-一般 |
し | シ | 助動詞 | 文語助動詞-キ | 連体形-一般 |
ま | マ | 名詞-普通名詞-助数詞可能 | ||
に | ニ | 助詞-格助詞 |
この歌は掛詞で有名ですが、「降る」と「経る」、「長雨」と「眺め」は文字が違うだけで、品詞や活用は変わらないため解析には影響ありません。そこで、次はちょっと意地悪をしてみました。同じく掛詞で有名な小式部内侍の歌です。「大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立」
書字形 | 発音形 | 品詞 | 活用型 | 活用形 |
大江 | オーエ | 名詞-固有名詞-地名-一般 | ||
山 | ヤマ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
いく | イク | 名詞-数詞 | ||
野 | ノ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
の | ノ | 助詞-格助詞 | ||
道 | ミチ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
の | ノ | 助詞-格助詞 | ||
遠けれ | トーケレ | 形容詞-一般 | 文語形容詞-ク | 已然形-一般 |
ば | バ | 助詞-接続助詞 | ||
空白 | ||||
まだ | マダ | 副詞 | ||
ふみ | フミ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
も | モ | 助詞-係助詞 | ||
見 | ミ | 動詞-非自立可能 | 文語上一段-マ行 | 未然形-一般 |
ず | ズ | 助動詞 | 文語助動詞-ズ | 連用形-一般 |
天 | アメ | 名詞-普通名詞-一般 | ||
の | ノ | 助詞-格助詞 | ||
橋立 | ハシダテ | 名詞-普通名詞-一般 |
「行く」と「生野(地名)」が掛けられている箇所でどちらを取るか見たかったのですが、どちらともとれるように平仮名で書いたら「幾」と解釈されてしまいました。逃げられた感があります。
もう一箇所「文」と「踏み」が掛けられている箇所がありますが、こちらは動詞の連用形を名詞として扱っていると思えば、いずれにしても同じです。「天の橋立」は惜しいですが「の」を抜けばちゃんと「天橋立 アマノハシダテ 名詞-固有名詞-地名-一般」になりました。
最後の例に挙げた「いく野」のような、品詞が異なる語を掛けた掛詞は、どちらかに決めてしまわないと、文節を区切ることもできません。音では何となく自然に流れても、文章として解析するには、いわば、固めてしまう必要があるようです。おそらく同じような問題は、歌舞伎のセリフなどでも起きるでしょう。
現代語の書き方は、もっと意味がはっきりして読みやすくなっているのですが、その分、このように纏綿としたイメージの連鎖の技法が使いにくくなってしまったのではないでしょうか。私は短歌には詳しくありませんが、現代の歌で、あざやかな掛詞の例があればぜひ知りたいと思います。
※上記の形態素解析結果はいずれも、解析ツール「和文茶まめ」(辞書:中古和文UniDic、解析器:MeCab)を使用しました。見やすくするために、「語形」(活用しない原形)や「和語・漢語」の区別など、いくつかの項目を削っています
C.K.