ネットが生み出すおかしな日本語

「俺の寿命がストレスでマッハ」
この言葉に出会ったのはもう10年近く前になる。当時よく見ていた某大型掲示板サイトのネットゲーム関係のスレッドで出会ったのが最初だった。
この言葉を見た瞬間、自分の言語感覚の一部がおかしくなったように感じた。
明らかに日本語としてはおかしな表現ながら、少なくともネットでの言い回しに慣れている人には、なんとなく言いたいことはわかる。情報伝達という綱の上を落ちそうで落ちずに渡っている、絶妙なバランス感覚の上で成り立っている表現だ。
この文法として誤った表現は、発言者が行っているゲーム内のキャラクター名を由来として「ブロント語」と呼ばれた。
この発言者による特徴的な発言は他にもいくつかあり、「稀によくある」「確定的に明らか」「俺の怒りが有頂天」「どうやって俺がブロントって証拠だよ」等、統語的には一応正しいかもしれないが、やはりおかしなものが多かった。
一見ネット上によくあるネットスラングではないかと思うかもしれないが、ネットスラングの大半は、ある語を別の語に言い換えているもの(例:「詳しく」→「kwsk」)や、体言に「ル」を付けて動詞化している(例:「マミる(首が取れる)」)ものが大半であり、ブロント語のように、文章として意味的に日本語から逸脱した表現のものは、私自身かなり長い間ネットに浸かり続けているが、ほぼなかったと考えている。
実際、普通のネットスラングとの違いを感じた人が多かったのか、彼が用いた表現は、主にゲームが好きな人達の間で爆発的に広がり、結果、彼が行っていたゲーム以外でも、よく目にすることとなった。
また、流行廃りの激しいネットにおいても、5年以上という長い間、彼が用いた表現は多用された。ちょうどひと月くらい前、友人が仕事関連の愚痴ツイートの中で「俺の寿命がストレスでマッハ」を使ったのを見て、懐かしいと思いつつも、まだ偶に使われることがあるのだとも思った。これは表現自体の面白さの他に、使い勝手の良い表現が多かったことも原因だろう。
とは言え、出現してから10年も経てば、流石に使われなくなる。そもそも現実の世界においても、10年前に流行ったフレーズは何?と言われて思い浮かぶ人もそうはいまい。新たなトレンドの中に埋没し、忘れられるのが常だ。
では、ネット界隈におけるこの変な表現の日本語のトレンドは完全に一過性のものなのか?と問われれば、答えはNoだ。
3年くらい前から、ツイッター上で連載している、少し変わったSFサイバーパンク小説がある。小説の名前は「ニンジャスレイヤー」(*1)。
「タイプミスなど誰にでもあること。コウボウ・エラーズというではないか。」
「ゼンのアート観はショッギョ・ムッジョを内包したストイックなもので、極めて注意深い洗練の上に存在する。」
「このままではネギトロめいた死体となってしまう!」
このように、英語を性能の低い機械翻訳機に無理やりかけて出力したような日本語と、表現として不自然な修飾語が付いた表現(これらは「忍殺語」と呼ばれている)からなる独特な表現が人気の一つとなっており、サブカルチャー系の人達の間でその魅力に取り憑かれた人が増えた。一時期その界隈では、ツイッターでフォローしていた人が突然理解し難い日本語をつぶやき始めたといった笑い話が聞けたものである。
閑話休題、このような日本語をベースとしているが、到底正しい日本語とは思えない、「○○語」と呼ばれるようなおかしな日本語表現は、形を変えつつ、今後も出現し続けるだろう。
私はこのようなおかしな日本語が大好きだ。単純に表現が面白いという他にも、ネット上という限られた世界で、ある意味、言語教育を受け終えていない子供のような、常識を覆す柔軟な発想を必要とするこれらの表現の誕生を言葉のトレンドとして扱い、観察し、理解することを続けていくことで、日本語という言語がどのように変化していくかということを、「正しい日本語」という枠組みが強く幅を利かせる現実世界よりも遙かに短い時間で、言語の変化を体験できる楽しみもあるからだ。

*1:https://twitter.com/NJSLYR

K.T.