2002年9月のコラム

魚の向き

時期外れの話題で恐縮ですが、今年6月の日韓共催ワールド・カップの熱狂は凄かったですね。私もワールド・カップの間だけは俄かサッカー・ファンになってしまいました。それと同時に隣国について知るいい機会だと思い、韓国についての本を色々と読んでもみました。
で、面白かったのが文化の細部です。例えば、韓国の猫の名前で一般的なのは「ナビ」(「蝶々」の意味)とかね。――なぜ「蝶々」?そんな「どうでもいいこと」で今回取上げたいのが「韓国の市場や魚屋では魚は頭を上にして縦に並べる」という習慣です。日本では大抵横向きに並べますよね。

この記述を読んだとき頭に浮かんだのが「魚」という漢字について長年抱いてきた疑問です。この字、魚を縦に置いた絵を元にしていますよね。常々それを変だなと感じていたのです。「魚」の絵を描くときデフォルトは(右向きか左向きかは、とりあえず置いて)横向きだと思いませんか?例えば魚類図鑑。念のため、たまたま会社にあったヨーロッパ・日本の博物画を集めた本を調べてみても、ほとんど横向き(左右両方あり)で、縦は1つもありませんでした(意外だったのがごく少数ながら顔を真正面から見た構図があることです)。魚屋でも横向きに並べてますよね。だいたい泳いでいる時からして横を向いているじゃないですか。そういう訳で「魚は横向き」というイメージは当たり前すぎて改めて疑うこともなかったのです。また、このイメージを大前提に「魚」という字での「縦向き」に違和感を覚えたのでした。

ちなみに漢字以外の象形文字を見ると、ヒエログリフでも魚を表す文字は横向きだし(左右両方あり。文字を読んでいく方向によって使い分ける)、なぜか今人気のトンパ文字では真横ではありませんが右上約45°を向いています。

そういう次第で、韓国での魚の並べ方に関する話は「目から鱗」だったのです。「魚は横向き」という前提は普遍的ではないということですね。中国の市場でも(少なくとも漢字が成立した時代と地域では)韓国同様「縦並べ」が普通で、「魚」の字は泳いでいる魚ではなく、こうして食材として並べられた魚の姿が元になったのではないか。――これが私の推理です。ああ、長年のもやもやがスッキリした!もちろん、これは検証がなされていない仮説(要するに思いつき)にすぎませんが、中国の人々の食に対する思い入れがリアルに感じられる気がするのは安易な発想でしょうか?
――でしょうね(笑)。でも、少なくとも中国のある地方には縦に泳ぐ魚がいて、漢字はこれを元にしているとかいう説よりは確からしいように思いますが、いかがですか?読者で漢字、中国事情、あるいは魚に詳しい(うえに物好きの)方、コメントくださいな。

ところで、韓国での魚の並べ方をバイトに来ている韓国の人3人に
聞いてみたところ侃侃諤諤あって、結論は魚の種類にもよるが、やはり伝統的には縦が普通。しかし、スーパーでのパック詰めのものは日本と同じように「横並べ」だということです。
インターネットで市場の写真を見ると確かに魚がざるの上に縦に置いてあります。日本人の目から見ると少し違和感がありますね。肝心の中国に関しては身近に確認できる人がおらず残念ながら未調査です。情報をお寄せいただければ幸いです。

追記:原稿を社内回覧したところ、次のようなコメントがありました。漢字の生まれた殷のあたりで魚と言えば生魚ではなく、えらに竹や縄を通されて頭からぶら下がっている半干物だった。漢字はこれを描いたものというのが有力な説だそうです。
2002.9

文責:K.A.