2004年4月のコラム

3本の真空管

会社の電子レンジが壊れたので、買い換えることにしました。ふと周りを見回してみると、ほんの数年前まで何十台とあったCRTディスプレイはことごとく液晶となり、結局真空管を使っているのは、この壊れた電子レンジのマグネトロンmagnetronと、実験室に転がっている古いテレビのCRTの2本だけ。真空管をおもちゃにして育った世代としては、なにやらさびしい気がしています。

マグネトロンは1921年アメリカのハルが発明し日本の岡部金治郎などが改良したもの。2極真空管を磁石で挟んだような構造をしていて、日本名は磁電管。第二次世界大戦の後半にはレーダに使用されました。岡部の発案は、陽極を分割して安定した高い振動数の発振出力を得られるようにしたことですが、分割した陽極は、その形から、「梅ばち型陽極」「たちばな型陽極」となにやら日本風に呼ばれています(そういえば、朝永振一郎も1948年「磁電管の発振機構」で日本学士院賞を受賞しています)。ではこの日本風名称、英語ではどう表現されているでしょうか。「梅ばち型陽極」は「Hole-and-Slot
Anode」、「たちばな型陽極」は「Rising-Sun Anode」がどうやら対応するようです
(後者は間違っているかも。正しい名称をご存知の方はご教示を)。

電子レンジは大戦中のレーダ技術を民生用に転換する研究から生まれました。マグネトロンの作動中に、研究者のポケットに入れたキャンディが溶け出したことから、マイクロ波による食品加熱のアイディアが生まれたというのは有名な話。この電子レンジがアメリカで発売されたのは1955年Raytheon社から(ポケットをべたべたにしたのは同社にいたスペンサー博士)。日本での発売は東芝で1961年。ちなみに電子レンジのマイクロ波の振動数は2.45GHzで、水分子の振動加熱にちょうどよい振動数だそうです(第三世代携帯電話や無線LANもちょうどこのあたりですね)。

電子レンジは英語でmicrowave oven、超短波オーブンというわけです。ではそのものずばり、electronic
oven とはいわないのかと辞書をめくってみると、electronic
(banking, brain, mail)などなど、アメリカ人はelectronic、つまり「電子~」を頭につけるのが好きなようですね。余談ですがelectronic
churchなんていう造語もあります(これはラジオやテレビの福音伝道番組のこと。でも「電子教会」ではあまり有難味がありませんね)。しかしelectronic
ovenというのはないようです。そういえば、電子レンジが発売されたころは「レーダ・レンジRadar
range」と呼ばれていたとか。Radarはradio detecting and
rangingの頭文字。品詞は違っても同じrangeが1つの商品名に2つも入っているのは、かなり珍しいのではないでしょうか。
Rader oven からmicrowave ovenへの変化は、戦時色の残る時代から平和な「科学万能」の時代への世相の変化を表しているのかもしれません。

さて、いまや「貴重品」となった真空管。文字通り英語でvacuum
tubeですが、大学で電子工学を学ぶようになったころには電子管electron
tube, electronic tubeという名称になっていました。確かに、希ガスを入れた「真空管」(これはgas
tube)もありましたから、動作原理を考慮した正しい名称になったというわけです。ちなみに、イギリスではtubeの部分がvalveとなるのが普通ですが、CRT(cathode
ray tube)はそのままのようです。
「熱電子管thermionic valve」という言葉も見たことがあります。これは後述するフレミングが名づけたもの。ただの電子ではなくて、陰極から放出される「熱電子」を利
用するというわけで、イギリス人らしい厳格な命名といえるでしょうか。

真空管が実用的な電子デバイスとして登場したのは1904年、イギリスのフレミングによる二極管diodeの発明から。マルコーニの無線電信の受信機に使用され、真空管発展の基盤が形作られました。それから100年、20世紀の中ごろに頂点を極めた技術もすでにほとんどが半導体に置き換わってしまいました。ここに記したいくつかの言葉もすでに死語となり、遠からず専門書からも消し去られていく運命にあるようです。さて、3本目の真空管ですが、冷蔵庫の上に真新しいS社の電子レンジ。いまや、世界でもっとも大量に作られている真空管、マグネトロンというわけです。
2004.4

文責:秋狂堂