2004年5月のコラム

誤りの効用–失敗は成功のもと–

 
鶴ヶ谷真一の「猫の目に時間を読む」(白水社)というエッセイ集の冒頭に「誤りの効用」という随筆があります。
 「シンデレラ」のお話を知らない人はいないと思いますが、このお話はフランスの詩人で童話作家のシャルル・ペローが民間伝承をまとめた「おとぎ話集」で広く世間に知られるようになりました。
「シンデレラ」といえば「ガラスの靴」ですが、その「ガラス」が実は・・・。フランス語辞典の編纂者エミール・リトレによると、「リス皮」(vairヴェール)と伝承されていたのを、ペローが同音異義語である「ガラス」(verreヴェール)と綴った・・・ことに始まるというのです。正書法が定まらなかった時代のことですから誤りとはいえないのかもしれませんが、「リス皮の靴」ではなく、「ガラスの靴」だったからこそ、「シンデレラ」の物語がいきいきしてくるのだと、もう一人の辞書編纂者であるピエール・ラルースは語っているそうです。
 「リス皮」だって、華奢でしなやかで軽やかそうですが、「ガラス」の壊れやすさ、足の透ける様、シンデレラの小さい足しか入らなそうな・・・。この「ガラスの靴」が今までも世界中の人々の想像をかきたててきたのでしょうし、これからもきっとそうでしょう。
 
 何年か前に話題になった「バウリンガル」をご存知でしょうか。株式会社タカラから2002年2月に発売されました。「”人間と動物の夢溢れる新しい形のコミュニケーション”の実現を目指していく」プロジェクトの第一弾なのだそうです。
 この商品のことをきいた時、ヒト(ホモ・サピエンス)の言葉を扱う学問や仕事をしているヒトの多くは、そういうことは技術的に可能だろう、と、さして驚かなかったはずです。
 この製品の企画・開発に携わった日本音響研究所の鈴木松美編著の「日本人の声」(洋泉社)にその開発の経緯が簡単に述べられています。
 動物の鳴き声を分析することで、動物の感情や要求を理解することができるはず。ではまず、音声認識の技術で、イヌが鳴いた声を認識するところから始めましょう。そのために、日本で飼われている上位50種(+様々な雑種)の膨大な数の鳴き声を集め、犬語コーパス(音声データ)が完成しました。それらをスペクトル分析した結果、イヌの泣き声が大きく6種類に分けられることがわかりました。
次にそれぞれがどんな感情を表しているのかを、音声と映像を記録して、動物行動学の専門家に分析してもらいます。結果、「楽しい」「悲しい」「フラストレーション」「威嚇」「要求」「自己表現」に分けられることがわかりました。これで犬語(犬日)辞書、犬語言語モデルの完成です。
 この製品は犬の首輪につけるので、泣き声以外の音声をノイズ(雑音)として切り捨てることにしました。「首輪が首に擦れる音」「犬の足音」「犬が走る時の風を切る音」等もデータに登録して、やっとデータベースが完成。製品には幾つかの変換機能をつけ、その一つ「ボイス変換機能」では、上記の6種類の感情を約200種類の日本語に変換して「ムカツク!」「つまんないよー」「やったー」等わかりやすくリアルタイムで見せてくれます。
 ちなみに2003年11月に猫版「ミャウリンガル」も完成。「ネコ語翻訳」で解析できる感情は「満足」「恐怖」「ピンチ」「威嚇」「要求」「求愛」の6種類。これに「しぐさ翻訳」21種類もプラス。

 これと同じような方法で、どうしてヒトとヒトとの翻訳機、ヒトと上手に会話するロボットが作れないんでしょうか。
 「バウリンガル」の作り方は、ヒトで試された方法の幾つかを組み合わせていますが、今は「まだ」うまくいかない、試行錯誤の最中なんです。
 ヒトでうまくいかないけど、イヌでなら、ネコでなら、と試したのが面白い。

2004.5

文責:W.N.