2005年2月のコラム

アカデミック&ユーモア

 2005年がスタートし早1ヶ月。今年はどんな年になるのでしょうか。
昨年はオリンピックイヤー。世界の桧舞台で活躍して見事栄冠を手にした人々の数々の名言が心に浮かんできます。では、学術的な分野ではどうだったのでしょう。一昨年、ノーベル賞の日本人受賞者が同年に初めて2人出たことでおおいに注目を集めましたが、昨年は日本人の受賞者はありませんでした。でも、でもですよ・・・

「カエルがハエを食うのはあたりまえ。ではマウスを食うのは」

「すべての慶大教授は遊び人である
某は慶大教授である
したがって、某は遊び人である」
もちろん、これは推論の例なのであって、筆者もふくめ、たいていの慶大教授は謹厳実直であることはいうまでもない。

庭に干した洗濯物のボタンをかたっぱしから食いちぎってまわるオウムなど、とうてい我慢してくれまい。ハイイロガンが毎晩寝室にはいりこんで夜をすごし、朝になると窓から外へ飛び出してゆく、なんていうのを許しておけるはずもない。(中略)青い実を食べた小鳥が(筆者注:歌にありますね)そこらじゅうのカーテンや家具に、洗っても洗ってもぬけない青いしみをつけてまわったのをみつけたとき、よその奥さんだったらなんというだろう?それからもし・・・・・・それからもし・・・・・・こんなふうに数えあげてゆけば、二十ページだってつづけられる。

 最初の文章はある学術雑誌の記事の冒頭です。大きなカエルならマウスを食べるかも、という話ではなくて・・・。筆者の中山卓哉氏はカエルの分子発生学の研究者で、ゼノパス・トロピカリスというカエルが「将来ハエやマウスを食って」遺伝発生学の主役の座につくかも、という話をしています。
 次の文章の筆者は勿論(?)慶応義塾大学の教授です。著者の渡辺茂教授は著作の中で三段論法の例として、これを挙げているのですが、むしろ「すべての慶大教授は謹厳実直である」のかどうか、とても気になりませんか?
 最後の文章は動物行動学の祖、ノーベル賞受賞者のコンラート・ローレンツの一般人向けの入門書「ソロモンの指輪」の最初の章からの抜粋です。

 MIT(マサチューセッツ工科大学)とハーバード大学。両大学はと
もに米国のマサチューセッツ州のケンブリッジ市内にあります。かたやノーベル賞受賞者を輩出する名門、かたや政財界人を排出する名門です。同市内では、MITの学生が1台の車に制限人数以上乗っていると、「MITの学生は数を数えられないから」と言われ、ハーバード大学生が駐車違反をしようものなら「ハーバードの学生は字(No
Parking/駐車禁止)が読めないから」などと言われるらしい・・・

 この両大学の教授たちが選考にあたっているのがイグ・ノーベル賞という賞です。これは「再現できない、再現すべきでない業績」を讃える賞として、1991年ハーバード大のマーク・アブラハム氏が創設しました。彼は科学とユーモアを近づけても何の危険もないことを実証したかったといいます。
 どんな賞なのかは論より証拠、受賞した研究をいくつかご紹介しましょう。

 1996年物理学賞
 ロバート・マシュー氏(イギリス アストン大学)
 バター・トーストが床に落下するときは必ずバターを塗った面が下になっていること(マーフィーの法則の典型例)を証明

 1997年経済学賞
 舞田あき、横井昭宏(日本)
 バーチャルペット(たまごっち)の開発によりバーチャルペットへの労働時間を費やさせた功績

 2003年化学賞
 広瀬幸雄 教授(日本 金沢大学)
 鳥が寄り付かない銅像を科学的に分析し、鳥に嫌われる合金を開発

 同賞の平和賞の去年の受賞者がカラオケの発明者である井上大佑氏であることをご存知の方も多いでしょう。
 これまでの日本人受賞者は10組。14回の開催ですから、かなりの頻度で受賞していることがわかります。真面目と言われる国民性ですが、どうしてどうして、日本は受賞大国なんですね!

 アカデミックなものは厳格でかたくて、ユーモアとは全く無縁だと
思っていた方、そんなことはないことが少しはおわかりいただけましたか?今年のノーベル賞、イグ・ノーベル賞ともにどんな研究が受賞するのか、大変興味深いですね。アカデミックなものとユーモアとの関係が今後ますます親密になっていくかどうかも。

参考文献:日経サイエンス2002年6月号、同7月号(日本経済新聞社)/
     ヒト型脳とハト型脳(文春新書)/
     ソロモンの指輪(早川文庫)/
     イグ・ノーベル賞(阪急コミュニケーションズ)

                       

文責:Bun Seki.