2003年11月のコラム

駄洒落的思考法

言葉とは複雑怪奇なもので、そのどこに光を当てるかで全く異なる姿が浮かび上がってくるようです。「言葉」と「理性」が同じ”logos”という語で表されることに象徴されるように、普段は論理的な思考の道具としての面が強調されがちですが、今回は「ヒトの非論理性と結びついた言葉」という裏面に光を当ててみたいと思います。ま、要するに、魚の「鯛」と「めでたい」を関連付けるような思考法のことなんですが、最近ちょっと面白い経験をしたので、この通信でご報告するしだいです。

舞台は某神社で月2回ほど日曜日に開かれる骨董市。その日もぶらぶらと散歩がてら、ガラス器の店を冷かしたり昔の絵葉書を漁ったりしておりました。と、独特な雰囲気を持った硝子壜ばかりを並べた店の存在に気付いたのです。それは大きさといい形といい香水の壜そっくりなのですが、どれも東洋的なデザインで、いくつかのものは蓋の裏側に「耳掻き」が付いています。店主に尋ねたところ、それは中国製の「嗅ぎ煙草入れ」だということです。耳掻きに見えたのは嗅ぎ煙草の粉末を掬うためのものでした。

注意して市を回ってみたところ、他にも2、3「嗅ぎ煙草入れ」を扱う業者がありました。(後で調べたところ、コレクションの1ジャンルとして確立しているようです)で、そのうちの1軒が手頃な値段だったので1つ購入することにして、手に取って選んでいたのですが、絵柄に関してちょっと面白いなと思ったことがあります。花や金魚はいいとして、コウモリが多いのです。しかも、ちょっとグロテスク。が、中国ではコウモリは縁起がいい動物だとどこかで聞いたことを思い出したので、ご主人(中国の方のようです)に尋ねてみたところ、詳しく教えてくれました。以下、その説明です。
―「コウモリ」は漢字では「蝙蝠」と書くが「蝙」は[bian]と発音し「遍」(あまねく=すみずみまで)と同じ音。「蝠」は[fu]で「福」と同音。つまり全体では「そこかしこに満ち溢れる幸福」という意味になる。―確かにおめでたい名前ですね。

てなことを話していると、側で聞いていたおじいさんが「昔の日石マークを知っているか」と話に加わってきました。以下、おじいさんの薀蓄。―日本石油(現:新日本石油)のマークはコウモリのデザインだったが、これは会社設立の会議(明治21年)の席上起こったあるエピソードに由来する。降りしきる雪の中、どういう訳か1匹のコウモリが部屋に飛び込んできた。一同は「これは幸先がいい」と喜んで、コウモリを会社のマークとした。―ということだそうです。いやぁ、勉強になります。文化の秋ですね。

さて、コウモリからは離れますが、中国の縁起物についてその後思い出したことがあります。よく中華料理店などに「福」の字を書いた紙が上下逆さまに貼ってありますよね。あれ、福が落ちてくる(降ってくる)という意味だと思っていたのですが(日本語なら「棚ぼた」、英語なら”windfall”の感覚ですね)、今回調べてみるとこれもコウモリと同じく「駄洒落」から来ていることを発見しました。「福倒了」(=福が逆さまになった)は、「倒」が「到」と同音[dao]なので「福到了」(=福がやってきた)の意味にも取れるんだそうです。

ところで、通勤途中の高田馬場にある定食屋の看板にこんなのがあるんですが、どう読むかお分かりでしょうか?(実物は縦書きで、「い・ず・ま」の3文字は上下逆さまになっています。XXXの部分は店名です)

XXXは高田馬場で一番
いずま店

クイズとしてはちょっと簡単だったかもしれませんね。「まずい」の逆で「うまい」、「高田馬場で一番美味い店」だそうです(真偽のほどは未確認)。同じ逆さまでも「こじつけ方」の違いが面白いですね。では、また次回。

2003.11

文責:KA