2006年2月のコラム

アマチュア精神

  コンピュータが普及していなかった時代には、アマチュア、素人といわれる人達の活躍の場が、その利点を活かして開かれていました。
 虫、の話が今回は多めで、苦手な方には大変恐縮なのですが、例えば蜘蛛はどうやって巣をはっていくのでしょうか。見ていればわかる、と思うでしょう。では、見たことがありますか。どうやって虫をとらえるのでしょう、とらえた後はどうするのでしょう。
 以前なら、素人の強み、じっと(!)蜘蛛や巣を観察する、虫がかかるのを待つ、または虫を巣にかけてみる、などの方法が考えられるわけですが、今は違います。
 素人もプロの研究者もデジタルビデオで撮影し続ける、という方法があります。後で画像を分析すればいいのです。
 言葉においても同じことが言えます。中学生の頃、ある作家にはまり、「風」「電信柱」「思い出」などの言葉を多用すると気付くと、それを確かめたくて矢も楯もたまらなくなり、この作家の作品に使用される単語をレポート用紙に一行に一つずつ書き、その単語が出てくると、その横に「正」の字を並べていくという作業に没頭しました。
 今はコンピュータという手段で、いかようにも料理できるはず。作者不詳の文章の語彙の選び方や使い方をコンピュータで分析し、ある作家が書いた文章のそれと比較することによって、その作者の文章かどうかを分析する、という研究手法が当たり前の時代になってきました。そんな時代に、アマチュア、素人はどのような位置を占めるようになってきたのでしょう。

 この冬は記録的な寒さと大雪が続いています。気象庁のホームページの「大雪の状況」を見るかぎりでは、バレンタインデーの20時現在、積雪を観測している339地点のうちすでに19地点で、2月の積雪の記録を更新(またはタイ)、28地点でこの冬の積雪が観測以来の記録を更新しています。
 関東平野で生まれ育ったので、実際体験したことはありませんが、雪の多い地方に暮らす人達にとって、その冬の積雪予報は大変重要な位置占めるといいます。雪の季節が近づくと、硬軟とりまぜて様々な積雪予報がとびかい、ニュースにも取り上げられるほどです。

 カマキリの卵が高いところにあれば大雪
 モズがはやにえを高い位置に刺すと大雪
 リスが餌を早くさがすと大雪
 山の紅葉が早いと雪も早い

植物、虫、鳥、動物、山、人など、身近なものの観察から、このような民間伝承が生まれてきたのでしょう。

 ここに掲げた民間伝承の最初の一つ「カマキリ・・・」を科学的に実証した人がいます。その話は農文協「カマキリは大雪を知っていた」に詳しいので、簡単に。
 この本の作者の酒井興喜夫(さかい よきお)氏は、もともとは昆虫学者でも、コンピュータの専門家でもなく、新潟県在住の通信工事会社の経営者です。豪雪地方でテレビアンテナを設置する仕事に従事していて、アンテナが雪に埋もれないことが大変重要なため、積雪量に関心をもつように。
 仕事の合間をぬって、観察と研究を続けた結果、カマキリの卵のうが産みつけたられた枝が積雪でたわんでも雪にうもれない高さや、地形的な誤差をも計算し、かなりの正確さで積雪を予測できるようになりました。
 その成果をまとめた論文で国立長岡技術大学から博士号を取得され、「日経サイエンス」誌の創刊25周年記念論文賞の優秀賞を受賞されました。そこに至るまでには、共同研究者の助言や協力を得て、反論に対して検証を続けるなどの地道な研究が積み上げられています。

 コンピュータに囲まれた生活をし、スキルアップを言われながらも、アマチュア、素人の目線を忘れてはいけないのではないか、素人だからこそ気が付くこともある、その目を失ってはならないのではないか、と思うことがあります。

2006.02 

文責:かまさんLove